■名作列伝009

超電磁劇団ラニョミリ・第9発目公演

主治医・嶋泉の憂鬱

 

日時:2005年4月2・3日

場所:相鉄本多劇場

 


残暑厳しい秋の夕方、


ある病院の診察室では医師・嶋泉と一組の夫婦が向かい合っていた。

重苦しい空気が流れる中、嶋泉が口を開く。


「診断の結果、友一君は癌であることが判明しました」。


夫婦の息子・友一に対する末期癌の宣告だった。 事実上の死の宣告を受け動揺する両親に、嶋泉はいきなり「どちらにしますか?」と2枚の書類を提示した。先日法律が施行された、「末期胃癌患者二者択一制」、つまり高額な治療費を払いつつ根治の可能性のない延命治療を続けるコースAか、医療費負担がゼロになる代わりに延命治療を拒否するコースBかの選択の書類である。


いきなり突きつけられた「命の選択」に混乱を隠せない両親。しかし嶋泉はその両親の前に当の本人である友一を呼び出した。友一に状況を悟られないように必死に冷静さを装う両親だったが、そんな彼らを意に介することなく嶋泉は友一に問いかける。


「君はもう決めたのかい?」。なんと嶋泉はもうすでに友一に告知をしていたのだった。全員の視線が友一に注がれる。そして友一は高らかに宣言した。「もちろん、コースBで!」


そして冬。コースBで「その日」までの快適な生活が保障されている友一は悠 々自適 な入院生活を送っていた。彼は迫り来る死の影に怯えるどころか、おいしい物を 食べ たり、癌であることをネタにして女の子を口説いてみたりとかなりのお気楽振り 。


コースBを選んだとはいえ、本心ではやはり友一に一日でも長く生きていてほしい両親はあらゆる手を尽くすが、唯一の頼みの綱であるはずの嶋泉も「どうせ死ぬんですから」とにべもない態度。


そして、ついには友一は「僕はあと何日で死ねるんですか?」と、とんでもない質問を嶋泉にぶつけてしまう。「あと…3ヶ月だ」。慌てて友一を制止する両親を無視して、淡々と宣告する嶋泉。


重苦しい沈黙が病室を包む。しかし、その沈黙を破ったのは友一の喜びの声だった。なんと彼は自らの死ぬ「その日」を心待ちにしていたのだ。自分の人生にも社会にも、そして未来にも何の興味も意味も見出せずに今まで生きてきた友一は、「死」、しかも病死という誰からも認められるゴールを設定されたことによって、初めて生きる意味を見出したのだった。「先生、僕はあと三ヶ月で…」「ああ、死ねるよ。私が保証しよう」意気投合する友一と嶋泉。二人から取り残された両親は、嶋泉に対しただただ頭を下げるだけだった…。


その一ヵ月後。コースBによって死ぬまでの快適な生活が保障されている友一ではあったが、癌は確実に彼の体を蝕みつつあった。


歩くことすら思うようにいかなくなった体を引きずりながらも、自分が癌であることを利用して口説いた恋人・聡美とのデートに出かける友一。しかし、思ったように自分に同情してくれない聡美に対し友一は苛立ちをぶつけてしまう。


愛想を尽かし去っていく聡美。その聡美に対し、友一は「勝手にしろ」と吐き捨てることしかできなかった…。

同じ頃、主のいない病室では、嶋泉に対しコースの変更を懇願する両親の姿があった。

コースBからコースAへ。それは友一が死んでゆくのをこれ以上黙って見ていられない、友一のために何かをしてやりたいという両親の心からの訴えだった。


しかし、その訴えに対し嶋泉は「ふざけるな」と突き放し、両親の行為を「身勝手」と切り捨てた。

何度突き放されても必死にすがりつく両親、それに対し苛立ちを露わにする嶋泉。


両者の睨み合いが頂点に達したその時、嶋泉に同行していた看護師の岩崎が口を開いた。

「コース変更の手続きをしますので、あちらの部屋にお越しください」。


岩崎の独断による行動に嶋泉は声を荒げる。

しかし、岩崎は怯むことなく嶋泉を見つめて言った。 「残された人間の気持ちにもなってあげてください」。その岩崎の言葉に、嶋泉はただ言葉を失うばかりだった…。

誰もいなくなった病室で、嶋泉は一人酒を飲む。

コースA、コースB、岩崎の言葉、かつて自分が救うことができなかった患者達…。去来する様々な思いを押し流すかのように飲み続ける嶋泉。


そこへ、聡美と別れたばかりの友一が戻ってきた。

嶋泉は彼に対し挑発するかのように、両親がコース変更を申し出たことを告げた。


自分の体、恋人、両親…。

「死」という絶対的な現実があるにもかかわらず思い通りにならない状況に、「皆勝手すぎる」と吐き捨て、コースの変更を拒否する友一。

そんな友一に対し、嶋泉は静かに口を開いた。コースBの隠された真実、そして…。


逃れられない「死」に対して、友一が出した結論とは?

様々な思いが交錯した まま、「その日」に向かって時計は静かに時を刻み続ける…。